思い込みの無い人になるにはちょっとした訓練が必要だけど誰でもなれる。

先日、同じ仕事を通して仲良くなったMちゃんから、

「成田さんは、事実を事実としてありのまま捉えている人ですよね?!」と言われたのです。

き…、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

嬉しい嬉しい嬉しすぎる言葉…!!!!!

どうしてそれが私にとって嬉しい言葉かというと、

私は“事実をありのまま捉えられる人”になりたくて目指していたからなんです。

“事実をありのまま捉えられる人”ってなにかというと、

すなわち“思い込みにとらわれない人”。

そして”思い込みにとらわれない人”こそが、私の憧れる自由人なのです。

昔から自由人への憧れが強く、そうなりたいと思い続けている人生ですが、

ありがたいことに最近は自分がそうだと言ってもらえることが増えました。

私の思い描く”自由人”は、

ただ単に好き勝手しているとか

行動が自由とか、

そういうのともちょっと違うんですよね〜

こういう記事も書いたけど、ただふらふらっとしてるのとも実は違う(笑)。

いつもヘラヘラ会社に遊びに来てるような人に早くなりたかった。
いつもヘラヘラ会社に遊びに来てるような人に早くなりたかった。
私はいわゆる普通の事業をやっている普通の会社の会社員経験があまりなく… 芸能ベンチャーとか、デザイン事務所とか...

強いて言うなら、

『世間の常識や幾多の人の偏った思い込みにいちいち左右されず動じず、

フラットに物事を捉えてジャッジしない、自由に捉えて自由に生きる人』

って感じでしょうか。(うーんまだまだ長い)

思い込みにとらわれない生き方をして何が変わったかというと、

気苦労が減ること。

そして、自分がそういう人になることで、ジャッジする人が周りから減っていくので、非常に楽なのですね…

実は事実を事実としてありのまま捉えるというのを最初から出来たかというとそういうわけではありません。

どちらかというとコテコテ思い込み人間でしたので。

例えば同じオフィスの人とちょっと目があって、目をそらされたとするじゃないですか。

それってそのままとらえると、

『目があって、目線が逸れた』だけなんですけど、

思い込みが入ると、

『目があったのに、気まずそうに目線を逸らされた!(もしかして私のこと嫌ってるんじゃ…)』になります。

いやいやだって顔が嫌そうだった!とかあるかもしれないけど、

それ、ただそう見えただけで本人が言ったわけじゃないですよね。

こういう些細なこと、日常で沢山あります。

こういう出来事を全部、フラットに捉えたらどうなるかな?というのをコツコツとやり続けたら、ありのままに捉えられるようになります。

それを練習し始めると、いやいや絶対〇〇に決まってる!とか、意外と自分の中って思い込みだらけだったんだな〜って思います。

私だってこんなこと言ってるけど、未だにあるし^^;

「起きてもいないことを心配するのはやめようね」

私の師匠は言ったのです。

だれだって、思い込みの無い人になれるよ〜

そういう人だと言ってくれたMちゃん、とってもうれしいです。ありがとう!!